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この三連休はレポート書きで文字ばかり打っていました。頭がレポートアタマのまま。ついでに久々に日記でも書こうかと。

先週は(今週は缶詰だったので何もない)、日比谷公園で行われたグローバルフェスタに行ってきました。主に海外向けのNGOのフェスで、外務大臣(玄葉さん?)や藤原紀香さんやらが来ていたそうです(あまり興味ないのでブースの留守番してました)。

自分も学生時代に参加していたNGOがあったので、銀座に用事があったついでに寄りました。留守番の代役がいないと担当の人が他のブース散歩できないだろうなと思って。という訳で現在も熱心に活動しているワケではありません。主に学生中心ですし。

今回いつもと違ったのは、いつもは援助する日本が東日本大震災で、援助された様子を紹介したブースがあったこと。色々な国の援助隊の様子や各国の子供が書いた絵など。思わずウルっときました。ありがとうございます

よく国際援助の話をすると、そんなことしても意味あるのかね〜というクールなご意見をお伺いします。でも、多分そんなこと皆百も承知なんです。
例えばこんなこと。http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20100207

そりゃ、訳知り顔でクールにのたまう人より、自分で一生懸命取り組んでいる人の方が現状知ってるに決まってる(繰り返しますが自分はいい加減です)。

多分、ちょっとだけでいいと思っているんです。成功だと言われるところが1km先でも、1cmでもすすめば。1万人の子供の教育を援助して1人でも、次の世代に役に立つ人が生まれれば。

などと出店のイスラム圏の何か分からん串をつまみに、ラオビール飲んで、アフリカの音楽を奏でるミニコンサートを観ながら各ブースを散歩して思ってました。
震災からの低迷や円高で投資をやめてしまったか…というくらい長く更新を怠っておりましたが、ゴールは数十年後なので全く変化はありません。
とは言いつつも、更新を怠っていたのは、以前から書き連ねていたアセット・アロケーションを大幅に変更したことがあります。そのため、基本の考えは変わらないのですが、書き連ねていたエントリと整合が取れない部分が出てくるなあと更新を躊躇したことが一点。
もう一つは変更したアセット・アロケーションの管理がさらに簡単になって、以前より投資に関して考える時間が減ったということがあります。大きなところでは、国内株式で個別株をやめてしまったことで、ホントに月に1回しか値動きを見なくなったことでしょうか。

どんな感じにアセット・アロケーションを変えたかというとこんな感じです。変えたのは6月くらいから段階的に。

by 投資信託のガイド:ポートフォリオグラフメーカー



変更点を簡単に言えば。
1.国内株式を25%→5%
2.実験的に動きを見るために10%振り分けていたREITやコモディティを0%
3.新興国を含めた海外債券を0%
4.減少分を株式は世界時価総額配分に、債券は国内のみ、かつ少し増加

理論的に考察すると少し微妙なアロケーションなのですが、要は何年か前の「インデックス投資ナイト」で自分がパネラーの人たちに質問した「VT(新興国を含めた世界株インデックス投信)+国債じゃダメですか?」をそのまま行なったということです。若干新興国株式に比重厚めですが。

株式の部分は、日本経済への懸念というよりも、グローバルな投資環境になっているのに、ホームバイアスがかかっているのはどうなのかと疑問だったこと。お金は国境関係なくグルグル世界を回っているという思いが強くなっていたので。
債券は、山崎元さんの海外債券不要論に乗った(笑)。以前まだ知識が浅薄だったころ利率に惹かれ、豪ドル債券を買ったはいいが、結局為替が円高になり償還時に国内債券と変わらなかった経験などから、結局は利率と為替でイーブンになるのではないか、だったらリスク(ブレ)が低い方がいいということで。まあ、ここは色々な意見があるところですから、これが正しいとは言い切れません。自己判断ということで。

あとは株式の部分で海外資産が増えたので、その分国内資産である国内債券を増やしました。債券を増やす安全策というより、為替対策です。
それでも海外:国内が55:45ですけど、生活防衛資金や収入は円建てだからこんなもんでいいかとアバウトに。

国内株式の個別株をやめたのは、総額が小さくなったのと管理がメンドくさくなったからです。応援したい企業があれば、国内株式の20分の1の範囲で買おうかと思います(微々たる金額ですがw)。

理論的ではないけど、変更してとてもスッキリしたので、当面このままで行くと思います。
2011.05.22 現地主義
今年のGWは、ラオスのルアンパバーンを中心に、ビエンチャンとバンコクに行ってきました。近年は仕事で疲れている〜との言い訳のもと、ヨーロッパやリゾートに足が向きがちだったのですが、久々にバックパックを相棒に東南アジアへ。
東南アジアは、実に10年ぶり。それまでにも何回か行っていたのですが、20代の頃に仕事で長期滞在をした後は何となく、この辺りは色々回ったし、別の場所に行ってみたいと地球をグルグルしているうちに世界は広く。。。

ラオスは以前はビザが必要で、タイ側から入ろうとして、ビザ発給のお金(あの頃は貧乏旅だった)と時間が足りず断念して以来のリベンジ。まずは首都ビエンチャン。
行く前のイメージは、静謐な雰囲気の森の国だったのですが、10年の月日は長かった。すっかり発展していました。アジアの途上国のイメージは、道路はバイクだらけなのですが、車の方が多い。旧仏領なので、雰囲気はなんとなくベトナムっぽかった。
次なるルアンパバーンは、世界遺産の町。日本でいうと京都。1970年代に王政が終わるまで長く首都だった場所。とても緑が多く、寺院が多数、早朝には托鉢風景が観光客を集めます。

基本王政後は、共和制国家ですが、マルクス・レーニン主義を掲げるラオス人民革命党による一党制。街中にはソ連の頃の錨を模した旗が掲げられて、うむむと思いますが、それ以外は皆穏やかで、旅行していてもボラれる気配もなく、とてもいい国でした。
最近の世界の国々の混乱を見ると、どういう政治形態がいいのか分からなくなってきます。現地では色々不満があるのでしょうが、数日滞在した旅人には分かりません。
経済的には、農業が中心。8割が従事している。産業の育成のネックは、内陸国であるゆえに輸送。海に面していないためにコスト高になる。でも、ほとんどが農業に従事しているため、食べるものは豊富。ゆえに食べるものには困るということはなく、飢餓や物乞いなどはほとんどいない。

投資という観点から言えば、まだフロンティアインデックスにも入っていないと思います。でも、治安はしっかりしているし、これからベトナムのように伸びる素地はあると感じました。北部は中国がかなり入り込んでいます。

バンコクも久しぶり、地下鉄や高架鉄道など、以前一部が完成したところしか見ていなかったのですが、着々と完成。日本のODAで完成した、新国際空港(ちょっと前にできていたけど、自分にとっては「新」)からも、空港線で鉄道が通っている。入国したら、まずタクシーと交渉だった昔が懐かしいw。
でも近年の旧政権と現政権のデモでの衝突など、少し足踏みしている感じ。中国のようにこの10年で驚くほどの発展とはなっていない。

でも旅をして、現地を見ると色々聞いていたこととは違うことが分かった。最近、忙しさにかまけてネットで読んで、見て、分かったように思っていたけど、やっぱり自分の五感に勝るものはない。

「コツコツ投資家がコツコツ集まる夕べ」第11回に参加してきました。
初めて参加する人の枠がなくならないように、枠があるようなら直前に申し込むという常連さんの言葉に、おおエライ!と感銘を受け、マネをしたところ枠が若干あるにも関わらず気が付いたら、時間切れで締切に・・・。しかし、事前申し込みは目安ということで入れてもらえました(でも、事前申し込みはしましょう)。

今回も50名以上の大盛況。渋沢健さんやセゾン投信の中野社長など業界の有名人が揃っていたのですが、主に投資初心者ですという方々と話をしました。
この会も新聞や雑誌で取り上げられるようになり、最初のころの投資経験の長い人が多い集まりではなく、初心者の方の参加も増えてきました。

以前は、普段の自分のまわりで投資の話をすると、まず業界用語が通じなかったのに、この会では全く気にすることなく話が通じるというところが参加して楽しいところでした。
しかし、ここ何回かは話しながらインデックスって何ですか?REITってマンション投資と違うんですか?という質問が。
そこで、素人ですがそれなりの説明をすると何故か非常に感謝されます。周りに専門家が沢山参加しているのにいいんですか?という感じですけど、金融関係の人の話は本や窓口で聞けるけど個人の投資家の話は聞いたことがなかったからと言っていました。お役に立ててうれしいです(でも、投資は自己責任でね)。

今回も、最後に参加者の著書争奪のジャンケン大会。今回は全く勝てませんでした。渋沢健さんが出してくれた渋沢栄一氏の著書欲しかったなあ。栄一氏のサインは無理でも、子孫の健さんのサイン付きだと感動だったのに…。今度持っている「論語と算盤」を持っていったらサインしていただけないだろうか(笑)。

(前回、インデックス投資のことだけを書く禁を破ったので、そのまま宗旨替えということで)

この3連休は、出張の予定でしたが、地震の影響で取りやめとなりました。急遽空いた予定で、何をしようと思ったところ、誘われていた友人のチャリティイベントを思い出しました。
その友人の性格を考えると中止にはしないだろうと思いました。はたして、地震被災者支援の会に変更になっており、そこに参加。

会は、実際に家族が被災地にいる人の話、地震が起こった時のこと、その後の周りの状況などを皆で話合う形式。
被災地の話では、現地の混乱している様子、何が足りないか、テレビよりツイッターの情報の方が役に立つなどの話がありました。

また外資系企業の話で、明日からベトナムに異動してと言われている人、ご主人の企業からの指示で家族(この女性も仕事があるのに)も強制的に北海道の実家へ移動する人などなど。
チェルノブイリの記憶のある欧州はかなり放射能へのアレルギーがあり、海外のメディアを見ていた人はかなり誇張されて伝わっていると言っていました。

その後は、元の日本酒の会で出るはずだったお酒を飲みながら話しました。講演者のはずだった鳥取の造り酒屋さんは、早々に東北の酒屋仲間の援助に向かったそうです。

みんな、この一週間仕事をしながらも、何か落ち着かず、自粛ムードや交通機関の混乱などで疲れていたところで、他の人と話合い、笑いあう機会があってよかったと言っていました。

一方で、汐留で行われたこの会の帰り道、街の様子を眺めて、この閑散とした状況はマズイなと感じました。首都圏の飲食サービスの経済規模は大きく、そこが落ち込むと今回被災した東北地方の全産業(全国全産業の4%)と同じくらいの損失になるそうです(会に出ていた専門家いわく)。

復興に向けた立て直しのためにも、買いだめなどの不謹慎なことは控え、一方で過度な自粛はせずに、今週からは普通の生活に戻していこうと思いました。